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2007年12月 5日 (水)

九龍

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大丸友の会の会報誌「エクラン」2007夏号のインタビュー記事です。


<お忙しい日々と思いますが、オフはどのようにお過ごしですか?>

香港が大好きで先日も行って来たばかりなんですが、年に1度は行っています。6年前に松任谷由実さんのコンサートを観る目的で行ったところ街にもハマってしまって(笑)。英国領だったので、東洋と西洋の文化が違和感なく融合しているところや、ペニンシュラホテルなどのようにハイソサエティーな面と、裏に回ると怪しいスラムな面が同居していたりして、その落差がエキサイティング。僕は夜景を見るのが大好きなんですが、香港の夜景が見られればあとは何もいらないくらい、とにかくボーっと見てるだけで満足。あ、後ろの“九龍”は絵みたいに描かなくてもそれらが含有されてるように見えませんか?和にも洋にもマッチするでしょう?


<書道家の方は中国に行かれるイメージがありますから、香港とは少し意外ですね。>

最近は中国本土も発展していますが、香港に混沌と渦巻く多民族の濃縮された空気みたいなものに惹かれるんです。東洋の書芸術をワールドワイドに捉えたくて行くのかもしれないですね。


<そうした刺激は作品にも影響するのですか?>

旅先で吸収したものがすぐに作品に活かされるというより、ある程度時間が経って、脳のどこかに保存されていたものがフっと書く時に現われることの方が多いですね。ものを作るというのは、感動、仮想、空想、郷愁など、いろんなものが自分の中で醸造されて出てくるものだと思うんです。その場で簡単に即興みたいに吐露できるものは底が浅く息が短い。ある時間を経て、右手が勝手に動いて表現したものに、脳があとから「あ、なるほどな」と気付かされることも多いですよ。


<そもそも書道家になったきっかけは?>

なりたくてなったのではなく、いつの間にかなってました(笑)。10代の頃になりたかったのはテレビに出て何かを表現する人。それが書道にハマっていったのは、20才の時にある書道の先生を紹介されて、その先生は書道が本業ではなかったものの、作風や人柄に惹かれ、勉強方法や道具なども一流で、さらにその先生のそのまた師匠は手島右卿といって、1958年にブリュッセルで開かれた万国博覧会で、ピカソ等の世界的画家を超える賞賛を受け、最高殊勲金賞の栄誉に輝いた凄い書家だったんです。本物の超一流を知ってしまった衝撃に、書道にハマってしまったんですね。


<単に字を書くというより“表現する”ということを大事にしていらっしゃる?>

もちろんです。表現するということは、書いている筆の軌跡が美しいかどうか、それが一枚の薄い紙の中に瑞々しい生命体として存在するか。また白い部分がただの余白ではなく奥行きのある空間として、実はそこには何もないわけではなく、その奥からも情景が想起される必然的な“間”が重要なんですよ。


<拝見していると、ごく自然にサラサラと書いていらっしゃるように見えますが…。>

いや、苦しいし大変ですよ。たとえばフィギュアスケートを見ると、書道に通じるものを感じるんです。綺麗に三回転ジャンプする瞬間に、どれだけ踏ん張っているか。成功させるためにどれだけの鍛錬を積んでいるか…。書道も同じで、一本の線やトメやハネやカスレを決めるための気合いの入れ方、抜き方、その加減は相当鍛錬しないと身に付きません。ムードではなく確実な技術としてですね。


<やっぱり反復練習をして、形を身につけることがたいせつなのでしょうか。>

特に大人の生徒には、僕の書いた文字だけではなく、手や腕、身体がどう機能しているか“書いている姿”をよく見るように言っています。文字の形だけではなく、書き方や肉体的機能としての姿ですね。僕は学生時代はバレーボール部だったんですが、大きな筆で大きな作品を書く時の身体の動きは、レシーブする時の構え方と同じなんですよ。“腰が入っている”というのはバネがしっかりしているということなんです。


<それは意外ですね。>

動きや流れ、リズム、間、これらは書を書くのにとても重要です。以前ある女性タレントさんに書を指導した時、彼女は最初上手くいかないことに少し苛立ってたみたいなんですね。ところが書いているうちに気持ち良くなってきて最後には「書道は心のデトックスですね」と。それは筆って他の筆記用具と違って弾力があるでしょう。その弾力が指先から腕、肩を通って心を動かしていくんでしょうね。


<書道って、表現であり、スポーツでもあり、心の癒しにもなるんですね!>

僕は書道の魅力を広めることに相当貢献してますよね?書いてる本人は書きながらで相当苦しんでるんですけど、その苦しさが書道の快感なんですよ(笑)。

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コメント

ありゃsweat02
入力ミスかもしれないので直しておきました。
ありがとうございますgood

投稿: 大衛 | 2010年9月29日 (水) 07時14分

インタビューアーさんの以外ですねは、意外ですねが正しくないでしょうか?
細かい事をごめんなさい!でもでもとても素敵なインタビューありがとうございました

投稿: mk | 2010年9月29日 (水) 05時15分

偶然拝見したこちらのページで”九龍”という見慣れた字が目に
飛び込んで来ました。なぜ?と思いながら、読ませていただいて、やはり香港の”九龍”だとわかり、納得しました。
香港島からビクトリアハーバーの海を潜り抜け、九龍半島の九つの山に向かって、駆け抜けていく龍が様子が目に浮かびます。
お忙しいとは思いますが、これからもぜひ香港に足を運んで
いただいて、素敵な作品を残してください。 楽しみにしています。

投稿: | 2010年9月 9日 (木) 12時44分

こんにちは。初めてコメントします。
こちらのブログを訪問するたびに見入ってしまいます。
カッコイイです!

投稿: 旅人 | 2010年8月 4日 (水) 23時57分

それは「線質を磨く」という修練をしていない。
重心や構造の「力学」を会得していない。
音楽的、体育的「リズム感」が悪いなどがあるでしょうね。


そもそもそれらの重要課題を知らない。
あるいは放棄してしまっているのかもしれないですね。


投稿: 大衛 | 2007年12月 6日 (木) 13時42分

九龍…
今にも動き出しそうですね、字が私には動いて 生きて見えます。
先生の作品は画像を通してしか拝見することができませんが、私のタイプ、大好きな字です。生はもっと素晴らしいんだろうなぁ。
最近、初心者な私が生意気にあまり好きではないな~という字というか書き方がありまして…
(※先生の作品ではありません)
筆をグイグイ押し付けたりビシャっと墨を飛ばすような勢いだけの書はあまり好みではないんです。筆ばかりが進んでいて字がおいていかれているような…ついてきていないような…感じ?(上手く表現ができない~変な日本語ですみません)
そのような作品はなぜか見ていてせつなく寂しい気持ちになるのです。そしてあぁ、あまりタイプではないなぁ~と感じるのです。なぜでしょうか。
最近そんな作品が多いような気がするのです。

投稿: さるさるさ。 | 2007年12月 6日 (木) 01時30分

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