« 龍(2) | トップページ | クローズアップ »

2008年1月11日 (金)

'96「鐵牛」

家族愛のつづきになるのかな?かれこれ12年ほど前の話になります。


昔から富山は書道人口が多く作品レベルも高いため「県展」の入選率は40%。
日展などの中央展で活躍している人が落選ということも普通にある厳しさ。
独立からの入選者は出品点数が少ないためさらに厳しい状況。
なので、森大衛は数回入選はしていたものの、落選も数回経験していたので、
特に出品したいとは思わなくなっていました。


すると、新聞発表を見たうちの父親(書道とは全く無関係の職業)が、
「県展の入選者新聞発表欄にお前の名前が無いのはなぜだ?」と聞いて来て、
「県展は会派のしがらみや年功序列みたいなものもあるから出してない」と答えると、
「富山で書道家として活動してるなら県展くらい入選してないのは格好悪い」と言い出し、
「あーあ、書道界の厳しさを知らない人はそんな無茶なこと言っちゃうのね…」と、
そのあとは右から左に聞き流していました。


しかし、その翌年、この「鐵牛(鉄牛)」という作品を書き、
(中国夏王朝の禹王が治水のために鉄で牛を鋳て黄河の鎮めとした伝説の言葉)
ちょうどその時期に県展があったので「とりあえず出品してみようかな?
落選しても別にいいから」と何気なく出品してみたら、
「県展賞受賞」という通知が届いてビックリ!


Tetsugyu

父親に「新聞見てみられ!」と言ったところ、
「ふ〜ん」というだけの父親。
「ふ〜ん」というのが満足した態度なので、「してやったり」の息子。


この2週間後、父親は癌が見つかり、一年間の闘病生活ののち他界しました。


入選すら厳しい県展で「県展賞」受賞という姿を見せることができたことは、
最後の親孝行になったのではないかと思っています。

|

« 龍(2) | トップページ | クローズアップ »

コメント

 私の父は、小学6年生のときに突然事故で亡くなりました。誰にも看取られることなくたった一人で旅立ちました。ファザコンだった私は、二十年以上たった今でもまだ認められません。嫁にも行かず帰ってくるのを待っています。親不孝ですね。父の亡くなった年を超えたら、……
いつか、きっと認められる。

親孝行したかったです。
 父は、馬鹿な娘だとあの世でやきもきしていることでしょうね。

 辛いご幼少時代を過ごされた森先生ですが、ある意味羨ましく思います。そして、その辛い過去を感じさせない森先生の強さと家族愛を感じました。

 ご活躍お祈り申し上げます。 

 いつか森先生にお会いできるのを楽しみにしています。

投稿: 浦島太郎 | 2008年2月 9日 (土) 23時46分

初めまして。
富山には仕事で何度も行きましたが、県民の方は勤勉で、多くの方が歴史とか文化を大切にされている印象を受けました。
書道が盛んなのもうなずけます。
初めての書き込みでこんなことを申し上げるのも僭越ですが、良い親孝行をされたと思います。

投稿: たけもと@ダイエットスープ作成中 | 2008年1月12日 (土) 01時11分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 龍(2) | トップページ | クローズアップ »