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2008年7月31日 (木)

'83「輪廻」

「廻」という字は以前から書いていた。


高校3年の時に、市展に入選した「輪廻」がそうだ。

Rinne


当時はまだ臨書の重要性も知らず、
「書道は想いを伝えるアートだ!爆発だ!」などと
オツムの弱い恥ずかしい発言を繰り返していた。


一応、鶴木大寿先生や大平山涛先生の筆法が、
五目ご飯のように散りばめられているので、
指導者クラスの大人ばかりの市展で入選できたのかもしれない。


この作品は社会科の担当でお寺の住職でもあった串田先生に、
「うちの寺に飾りたい」と言われ、現在も本堂の入り口に飾られている。

串田先生には、門徒ではないのにお寺の行事の「写経」によく駆り出された。
夕飯をご馳走になったり、バイト料までもらったりして、
小さな写経から大きな作品までいろいろお世話になった。


そういえば、昨年の春、富山県警からの依頼で、
「富山被害者支援センター」の看板と、
その会員証の「慈」という文字を書くことになり、
出向いたところ、センター長が国語の中島先生でビックリした。
しかも中島先生は現在米谷先生に書を習っているとのことでさらにビックリ。
世間は狭すぎる。

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Photo


中島先生と懐かしい出来事や人の話をしていたところ、
串田先生が数年前に亡くなっていたことを知った。


「そのうちまた会えるだろう」と思っていた人に
もう会えない空虚な現実に大きな溜息が出た。
今も思い出しながら大きく息を吸い、
そして吐く行為で空しさを落ち着かせている。


これまでもこれからも、いろんな人とのありがたい出逢いが
人生の「廻」なんだと思う。


つづく

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コメント

昨日、主人の知人の訃報を聞きました。
ここ2年ほど疎遠になっていたので、お元気だった姿しか記憶にないと…。
「また会えるだろう…」きっとそう思っていたと思います。
主人の落胆の様子と、先生のブログが重なってしまいました…。

投稿: タンポポ | 2008年7月31日 (木) 15時17分

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