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2008年7月18日 (金)

「獅」

「獅」なぜこの文字を選んだかといえば、
「獅」という字の一文字作品をそれまでに見たことがなかった。


「燃」はよくある。手島右卿先生も書いているし、
黒田光岳先生もその文字で毎日賞を受賞している。
黒田先生のアトリエに遊びにいくと淡墨の「燃」が飾ってあり、
森大衛のそれは濃墨で構成も違うが、やはり同じ語句は嫌だ。


また「獅子吼」というのもよくある。
しかし、その言葉に限定してしまうのは嫌だ。
「獅子奮迅」や「獅子の子落とし」など、獅子からイメージするもの
すべてを含有させるには「獅」と書くしかない。
ちなみに「子」はなくても「獅」は獅子を意味する。


筆法は「光明皇后の樂毅論」を基本にした。
樂毅論を書く時の極意は腹筋を使う。
他の古典もさまざまな部位を連動させて表現するが、
樂毅論は丹田から鳩尾にかけての収縮がものをいう。
しかし、「鵬翼」や「不断」や「鶴脚」のように、
それを拡大化したようなものにはしたくなかった。


筆との格闘、紙との格闘、墨との格闘、自分との格闘の日々が始まった。


筆は、馬の腹毛といわれる馬にしては柔らかい羊毛に近い毛質の筆を選んだ。
墨の含みが良く、一筆で一気に最終画まで運筆できる。


紙は、中国の紅星牌綿料単宣。
この紙は淡墨では美しい滲みが広がり、濃墨では艶やかで深みのある黒さになる。


墨は、呉竹精昇堂の「抱雲」を墨擦り機で大量に擦った。
比較的安価な墨ではあるが大量に使用する場合は仕方がない。
いや、逆に滑らかすぎる墨は筆が開きづらくなるので、
半紙の臨書で使うものよりも荒削りなものの方が向いていたりする。


いよいよ書き始めた。しかし、全くどうしようもなかった。とにかく紙が裂ける。
実は硬い筆の方が紙は裂けない。柔らかい筆は墨の含みが良い分、紙にも深く浸透する。
水分が深く浸透するということは、金魚すくいの紙のように脆くなる。


同系の「掴」「燃」はすぐに仕上がったのに、「獅」は全くダメだった。
毎日何十枚も書き続けた。借家でありながら壁にも柱にも墨を飛び散らせた。


もはやそれは樂毅論の筆致ではなかった。
光明皇后も空海も顔真卿も井上有一も含有し、
しかしどれでもない森大衛だけの線を出したい。


強烈な筋肉痛に襲われた。しかしバーベルは持ち上げた。
迎い酒のように痛みが緩和されるような気がしたからだ。


気がつけば9月の残暑からストーブが必要な12月に突入していた。
朝目覚めるとストーブをつける。灯油が燃える匂いに侘びしい北陸の冬の訪れを感じる。
しかしすぐにバーベルを持ち上げ体を火照らせたらストーブを消し、「獅」に挑む。


大量に擦った墨も、何反も買った紙もそろそろ底をついてきた。
ついでに金も底をついてきた。
しかし、〆切は待ってくれない。。
巷はクリスマスムードいっぱいだ。去年は個展会場で50人以上の
パーティを行なったが、今年は一人だ。


いよいよ最後の決戦だ。
どのくらい書いただろうか、1枚だけ紙が裂けずに最終画まで筆が運べた。
紙には強く筆を当てるが下敷きには決して圧力をかけず、
筋力で筆が展開した不思議な感覚でこの「獅」は現れた。


Shishi


このあとにもまだ数枚書いたが、やはり紙は裂けた。
もうこれでいくしかない。破けずに書けたこの一枚しかない。


気がつけば書き損じた紙をぎゅうぎゅうに詰め込んだゴミ袋が
玄関の天井にまで積み重ねられていた。
向かい角が収集場所だったにも関わらず、
いつも収集時刻前に起きることができなかったからだ。
当時はまだ前の晩に出してもよかったが、
夜は書くことに必死でずっと出すタイミングを逃していた。

濃墨の水分を含んで閉じられたゴミ袋はずっしりと重かった。


さて、その後、独立書展が始まる1月までのことはなぜか記憶にない。


つづく

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コメント

貴方のブログには心がありますね
苦労されて生きてきた履歴とともに人としてなぜに生きるかを教えていただいてます
私は書道とはかけ離れた生活をしていますが 書道は生きることの原点なのだと感じました
いろいろ発達した世の中ですが、忘れてはいけない人としてのこと 書はそれを教えてくれるもののひとつですね(^-^)
文字ひとつひとつに意味があり それは先人たちが苦労して考えた戒めであったり、気持ちの表現であったり…
それをさらに文字として表現されるのには人としての人格も大切ですね
人に伝える役目を担ってる大切な役目ですね
これからも益々のご活躍を心からお祈り致します
言葉はまず、人ありきですもんね
これからも貴方のそのままの素直な心を表現されます様お願いさせてください
いつか直接貴方の書を拝見できる日を楽しみにしています!

投稿: ともちん | 2008年7月19日 (土) 08時58分

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