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2008年8月 7日 (木)

'97「心拳」

独立書人団の準会員になった頃から、生徒の中の数名が
「独立展に応募してみたい」と言うようになった。

実際のところは作品が展示されることを口実にして、
「東京に遊びに行きたい」という邪な考えがきっかけだったのだが、
それでも書き始めるとみんな真剣になり、
森大衛の指導にも熱が入り、深夜3時頃まで
うちのアトリエで書いていく生徒もいた。


当時は、1月の独立展の会期とユーミンの
横浜アリーナでのコンサートが毎年重なっていて、
みんなで上野で展覧会を観た後は新横浜でコンサートを観て、
その後はラーメン博物館や中華街に行くのが恒例だった。


'97の1月も例年通りだった。
森大衛は生徒達よりも1週間早く東京入りし、
まもなくリリースされるユーミンの「Cowgirl Dreamin'」という
アルバムの中の「Cowgirl Blues」というロックナンバーを
ウォークマンで聴きながら、まもなく富山からやってくる
生徒達との恒例のイベントを心待ちにして、
鑑審査の仕事と展示作業のために東京都美術館に通っていた。


それは翌日の開会初日に向けて展示作業をしている最中だった。
新春の書の祭典に全国から多くの書家が集い、あちこちで
「あけましておめでとうございます」という挨拶が聞こえる。
黒田光岳先生からも「おめでとう」と声をかけられたので、
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」と
丁寧に挨拶をしたところ、「準会員賞だよ」と言われ、
一瞬「ん?」という不可解な顔をしてしまったが、
その「おめでとう」は受賞が決まった報告だと気づき、
「え、えっ!?」とさらに素の返事をしてしまった。


会員に昇格するには、準会員になってから、
少字数、多字数、現代文、かな、臨書などの分野のうち
3分野以上の作品を出品しそれぞれが高評価の
上野の森美術館に展示されなければならない規定になっている。
しかし、そう簡単に方向性の異なる作品で高評価を得られるとは限らない。
1年に1作として3年はかかる。
しかも森大衛はまだ3種類以上の作品は出品していないはず。

「まだ、3分野クリアしてないはずなんですけど」
と黒田先生に答えると、
「準会員賞は作品が良ければ無条件で会員に昇格。
会員推挙は3分野条件での昇格だよ。」
と言って握手の手を差し伸べられた。


「あ、ありがとうございます」


独立書人団は年に数人しか会員に昇格されない。
日展に入選していながら会員には昇格していない人も普通にいる。
それほど厳しいのが独立書人団。


当時、富山に会員は数人しかいなかった。
僕の次に若い会員が21歳上の黒田先生だから最も若い会員の誕生だ。


しかし受賞作の「心拳」は3枚しか書いていなかった。
生徒達の指導中に書いて、「森大衛君はこれにしとくちゃ~」と
軽いノリで終わらせていた。
一応、その数ヶ月前から10kgの減量をし、
身体感覚を研ぎ澄まさせて紙に向かい、
書き上げた瞬間は「決まった!」という感じではあったが、
まさか準会員賞に決まるとは想像もしていなかった。


Shinken


翌日、生徒達が上京して横浜アリーナに向かった。
会員に昇格してもみんな今まで通りのノリだ。
そういうところがうちのメンバーのいいところだ。


コンサートが始まると神殿のような巨大なセットに
「これでもか!」というくらい様々な演出が繰り広げられた。


ライブも佳境に入り、階段型のクレーンが客席の頭上を大きく旋回し、
その先端に立つユーミンが歌う「Cowgirl Blues」。
みんなで精一杯大きく手を振り続ける。

その中の「♪届かない夢など追いかけたりしないわ」という
フレーズに胸が熱くなった。


「そうだ、届かないことはない夢を追いかけて来たんだ。」


そして、ラストナンバーの「CARRY ON」
数作前のアルバムのこの楽曲がラストに来るとは思っておらず、
また目頭が熱くなった。


終演後、生徒のひとりが言った。
「ユーミンのコンサートの高揚感と先生の作品を見た時の感覚に共通のものを感じた」


それは人それぞれの感覚だから作者はなんとも言えない。
しかし、アーティストとして支持する対象があったということは幸せだ。


森大衛はただの歌詞には感動しない。
その言葉とメロディーとサウンドのミラクル的な融合に感動する。

それと同じように、書もその言葉と表現とその裏にある見えない想いが、
奇跡的に重なり合った時に、初めて運命の扉が開かれるのだと思う。


つづく

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