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2009年5月27日 (水)

新聞記事の補足

正確には感情を込めないのではなく、
書いた言葉に頼りきって表現を疎かにしたくないということです。


たとえば、人様の言葉を書いた場合、
作者に失礼のないように表現したいですよね。

その方にへつらうという意味ではなく、
自分の表現力に後ろめたさがあると、
たとえ相手が喜んでくれたとしても、
すっきりしない申し訳ない気持ちになるじゃないですか。
印のカタチや位置ひとつにも細心の注意を図りたい。

まして書家としての立場にふんぞり返るなんて間違ってるし。


そういう意味で、言葉の背景が想起できる技法を
身に付けた人になければならないということです。

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コメント

的確な答えになってるかわからないけどsweat02、お答えしましょう。


1)感情というのは 筆者である自分の感情のことなのか?文字自体に感情があることなのか?
言葉の意味から連想する筆者の感情のことなのか? 混乱しました。


僕が忌み嫌う“感情”というのは、新聞社の記者さんが質問されたことに対する答えとして、
「『良い言葉が書いてあればなんでも素敵』みたいな風潮は僕のやるべきこととは違う」
という意味でなんですよ。
なので、ご質問における“感情”は、逆にどれも大切な感情ですheart04


2)ことばそのものから連想することを書の線表現で昇華するということなのか?
例えば 森先生は笑っていいともで『珈琲』の文字から珈琲の香りが漂ってくるようなとか
苦みが伝わってくる文字を書きたいと言われていたような気がしますが、、、、、
いかがでしょうか?


ん?番組では「珈琲を飲むと眠くなる体質だということに気付かなくて勉強が出来なかった」
って話しかしてなかったような気がします。
増刊号で香りとか苦みとか言ってたのかな?自分でも忘れてしまいましたsweat02
ただ、「勉強出来なかった」ってことを『珈琲』という字に込めるのは珈琲に対して失礼なので、
あの時はコーヒータイムの優雅さを表現したかったように思います。


3)文字からその様相を想起させるということですか?
それは 例えば うなぎ屋さんの看板の『う』の文字がうなぎのように書かれている
ような感じですか?
文字の意味からの連想とその文字の書的表現が一致するということですか?
それは デザイン を意味するのですか?
何か連想とか想像とかになると『イメージ=想像』の世界に思えて
『クリエイティブ=創造』の世界ではないような感じがして
書というものが歴史を踏まえて変幻しているような気がしますが、、、、


たとえば、仮にうなぎ屋さんの為に“う”をうなぎのように書こうと思ったとします。
しかし、それが書の線としては異質でイビツなものであったならば、
俗物的になってしまいますよね。
あくまで文字としての風格は失わず、しかし“う”が、結果的にはうなぎのように見えたとしても、
にょろにょろと気持ち悪い生き物の雰囲気ではなく、
「ここのうなぎは旨い!」って思わせる表現にまで達したならば、
『クリエイティブ=創造』的表現に達したことになるのではないかと思います。


手島先生の「飛」や「神」がそれかも?


僕の思う「言葉の背景が想起できる技法」というのは、
立体性や白と黒の空間の心地よさを意味します。
そのためには紙面には見えない空中での動きや、筆の弾力の生かすことが、
結果的に紙面に命や情景を吹き込むことになるのではないかと考えています。


こんなお答えで良かったかどうか微妙ですが、そんな感じです。

投稿: 大衛 | 2009年5月28日 (木) 01時30分

追記です。
もう一つ質問があります。
3)文字からその様相を想起させるということですか?
  それは 例えば うなぎ屋さんの看板の『う』の文字がうなぎのように書かれている
  ような感じですか?
  文字の意味からの連想とその文字の書的表現が一致するということですか?
  それは デザイン を意味するのですか?
  何か連想とか想像とかになると『イメージ=想像』の世界に思えて
  『クリエイティブ=創造』の世界ではないような感じがして
  書というものが歴史を踏まえて変幻しているような気がしますが、、、、
いかがでしょうか? 混乱しています。
よろしくお願い親します。

投稿: 川口高校書道部一同 | 2009年5月27日 (水) 23時00分

森先生からのアドバイスを生かして今日は練習しました。
ありがとうございました。
お陰さまで少しは立体性や白と黒の空間の心地よさにふれることが
できました。
森先生のコメントについて愚かな私達は 疑問?の連続で
みんなで議論しました。
そのなかで ご質問があります。
1)感情というのは 筆者である自分の感情のことなのか?文字自体に感情があることなのか?
  言葉の意味から連想する筆者の感情のことなのか? 混乱しました。
2)ことばそのものから連想することを書の線表現で昇華するということなのか?
  例えば 森先生は笑っていいともで『珈琲』の文字から珈琲の香りが漂ってくるようなとか
  苦みが伝わってくる文字を書きたいと言われていたような気がしますが、、、、、
いかがでしょうか?
以上みんなで話してて疑問が生じました。
よろしくお願いします。

投稿: 川口高校書道部一同 | 2009年5月27日 (水) 22時46分

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