美麗
「熱い想いが書を書く原動力」なんてことはない。
何もないところから鍵盤の上に指を踊らせているうちに
何かが見えてくることもある。
これは一昨年の独立富山支部書展で発表した「美麗」。

WEBでは初公開の作品です。
翌年の同展覧会に出品したこの作品とは
発想も見た目も真逆の作品ですね。
この作品は白百合のような佇まいを感じてもらえるのが望ましい。
「熱い想いが書を書く原動力」なんてことはない。
何もないところから鍵盤の上に指を踊らせているうちに
何かが見えてくることもある。
これは一昨年の独立富山支部書展で発表した「美麗」。

WEBでは初公開の作品です。
翌年の同展覧会に出品したこの作品とは
発想も見た目も真逆の作品ですね。
この作品は白百合のような佇まいを感じてもらえるのが望ましい。
後からうちのスタッフに聞いたのですが、数ヶ月前ですか?
ある番組からの作品指名でこれが流れたそうですね。

『鳳』という字です。サイズはヨコ1m35cm×タテ1mくらい。
さて、これを反転させるとこんな感じになります。

ってことで、去年連載していた「刃JIN」からの抜粋です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この作品『鳳』は、白と黒を反転させることで更にイメージが膨らむ。
他の作品で同じことをしてもこれほどの効果はない。
原作は「Ocean」<大海>
反転は「Space」<宇宙>
これを描いていた時、森大衛は筆をあやつり人形のように操り、
森大衛はあやつり人形のように何者かに操られていた。
筆は波に乗るように滑り、宙を舞うように躍り、
脚は地を蹴るように弾み、ダンスを踊るように跳んだ。
紙面から筆先までの跳躍は、数十センチでしかない。
高く吊り上げたところで1メートル弱だ。
しかし、「空」とは人間が見上げた天空のことではない。
地面や水面を離れ、重力に逆らったところがすでに「空」だ。
宇宙はどこにでも存在する。
書は、時間と空間を取り込んだ四次元の表現芸術であることを
この架空の生命体『鳳』が教えてくれたように思う。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
昨日のブログのご質問にお答えして出血大サービスざますわよ、奥さん。
実はこの「金輪際」は、昨年連載していた『刃-JIN』に掲載した作品でした。

今回は特別にその解説を載っけちゃいますわよ、奥さん。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『金輪際』とは、人間の住む大地の地表と地底との境界線を表す仏教用語。
それが転じて物事の極限や究極を表すようになり、「徹底的」「断じて」と
いう強い意思を意味する言葉になったそうだ。
時代劇雑誌『刃-JIN』的にも相応しい言葉に違いない。
しかし、森大衛的には昼メロなどにありそうな台詞、
「あなたとは金輪際会わないわ!」のように、当人には深刻でありながら、
客観的には滑稽にみえるシーンが浮かび、心がときめいて無性に書きたくて
書きたくてたまらなくなった。
そんなことに心がときめき、それが理由で書きたくなるなどふざけた話だが、
そうなのだから仕方がない。
久方の恋のように「金輪際」にときめいてしまった森大衛は、「金輪際」が
口癖になり、しまいには「必殺!金輪際のマーチ」というくだらない
オリジナルのソングを「金輪際!金輪際!」と口ずさみ、生徒達に呆れられた。
だが、いざ書き始めると、気が遠くなるほどこの言葉の魔力に取り憑かれて
しまった。何百枚書いたか記憶が定かではない。
書風は、顔真卿や橘逸勢あたりの重厚で肉厚な筆致と造形が浮き上がり、
体の芯から熱が沸き、筋肉の内側から汗が絞り出る感覚を味わった。
森大衛のふざけた思考と、生真面目な右手の落差には我ながら着いて行けない。
気が付くと、墨が毛氈(下敷き)を通り過ぎて床にまで染み出ていた。
これまでも肉厚な作品は結構書いてきたが、墨が床に染みたのは初めてだった。
書を書くという行為は、地表と地底の境界線で繰り広げられ、
重力と対峙する『金輪際』という言葉に相応しい表現行為だといえよう。
人が真剣な姿は、それが真剣であればあるほど滑稽に見えることがある。
しかし、だからこそそれが大きな感激や感動に導かれるともいえる。
※顔真卿(がんしんけい)唐の四大家
※橘逸勢(たちばなのはやなり)日本の三筆
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
先週の不立書展の作品から
勝手にピックアップしてご紹介。
千代歩月先生の作品
「杜家立成雑書要略」の臨書。
よく練れた線質で格調高い作品です。

内田睦美先生の作品
「草の雨祭の車過たのち祇園会や真葛原の風かほる」(蕪村)
文字の大小、空間構築が雅びで、奥行きのある作品です。

酒井麻見先生の作品
「南山雲北山雨」
豪快かつ素朴なタッチが壮大な大自然を想起させます。

氷見雅舟先生の作品
「蟻」
文字の基本、書の基本は踏まえつつ、
蟻の姿や軌跡や巣までも想起させる作品です。

他の作品も、文字の表情、線の深さ、卓越した空間造形で、
“修行を積んで心で悟る”「不立(ふりゅう)」という言葉の如く、
書人としての強い意思を感じる展覧会でした。

4月12日(土)〜18日(金)まで山梨県立美術館にて
独立書人団会員の石原美歩先生の個展が開催されます。
石原さんとは独立書展の鑑審査係の仕事が一緒で
毎年楽しく交流させていただいています。

色白で華奢な石原さんですが、
作品はマグマのようにパワフルで豪快です![]()
お近くの方はぜひ見に行って、溢れるパワーを
カラダいっぱいに感じ取って来て下さい![]()
<不立(ふりゅう)文字>
意味:文字を用いずに教えを授けること。
解説:悟りは言葉で書けるものではないから、
言葉や文字にとらわれてはいけない、
修行を積んで心で悟るべきだという禅宗の考え方。
昨年末に他界された故・黒田光岳先生の
門下生の皆さんによる展覧会「不立(ふりゅう)書展」が、
富山県民会館美術館で11日(金)〜13日(日)まで開催されます。
(森大衛は門下生ではないので出品はしていません。)

書を学んで書いていながら「不立」っていうのが粋だし、
書家としてのアンチテーゼですね。
<追記>早速行ってきました![]()




黒田先生の師匠で、独立書人団理事長で日展審査員の
貞政少登先生が東京からいらしていて、(向かって左側の方)
ご挨拶をしたところ、とても喜んでくださり、
なぜかお手持ちのミンティアを一粒くださいました。(笑)
てか、実は森大衛の口の中にはフリスクが入っていたので、
ダブルパンチでした![]()
賛助出品された貞政少登先生の作品「九龍」

これは、貞政先生が広島の熊野筆まつりで、
大作揮毫された作品のミニチュア版です。
決してミンティアとフリスクをダブルで食べて
ビックリしている顔が書いてあるわけではありません![]()
右側が「九」で、左側が「龍」ですからね![]()
では、門下の皆さんの作品から何点かご紹介します。
と、思いましたが現在会期中なので、いずれご紹介します。
お近くの方はぜひ富山県民会館に足をお運びください。
※もう一度言いますが、
森大衛の作品は門下生ではないのでありません。![]()
至って普通に書いてるのにそのムードが醸し出されている。
特に奇異なことはしてないのに胸にキューンとくる。
そういう次元に到達したいよね。
奇異なこと、異端なことの方が全然簡単だから。
※最初に掲載していた「名湯」は未発表ものだったので、
「春の風」(おわら風の盆の一部分)に差し替えました。

「ゆらぐつり橋手に手をとりて渡る井田川オワラ春の風」
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
といってもたった2日間ですが。![]()
以前は10日間ほどの日程でやってたこともあるんですが、
ここ数年は、通常の業務に支障をきたさないように、
短期間にギュッと凝縮してやるようになりました。
あと、展覧会自体も大切ですが、展覧会で発表する作品を書くという行為が
実力をつけるための修練としてとても大切で、ほとんどの人が
展覧会終了後に飛躍的に上手くなってたりするんです。
「自分はまだまだ」「次回はこんなふうに表現してみたい」
そう思ってまた書の美を追求する姿勢が大事なんですよね。
そして、出品した作品とは違う傾向のものを書いても
上手くなってるからあら不思議。
会場風景はマネージャーのデジカメに納まっているので、
確認後、なるべく早いうちにアップしますね。
ということで、富山市民プラザの正面入り口です。

右奥にあるのが和スイーツの店「ももほのか」

そして会場入り口。

中に入るとこんな感じ。

まるで展覧会のようです!って展覧会ですが。

終了間際の時間に集まった皆さんと記念撮影。

今年もたくさんのお花やお菓子やお寿司やパンなどの差し入れありがとうございました。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
雨模様にも関わらず、たくさんの方々にお越しいただき
誠にありがとうございます。
もっと皆さんお一人お一人にちゃんと御挨拶をしたいと思いつつ、
失礼してしまった方にはお詫び申し上げます。![]()
さて、東京よりお越しいただいた後援会長の松林さんに、
児童生徒の作品の中から「後援会会長賞」を選んでいただきました。
その中の1点がこの作品『蟹』![]()

なぜこの生徒が『蟹』という字を書いたのかは、
書いてる時に聞いたような気がしますが忘れました![]()
でも、どこがどうとか具体的に目に見えるカタチではなく、
ただただその存在感に
を感じますよね![]()
手本は書かなかったので森大衛もまだ書いたことのない![]()
普通の書道展ではめったに見ることのない題材の![]()
![]()
今日は
の夢を見そう![]()
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

いよいよ毎年恒例の社中展『鵬翼会書展・つばさ子供習字2008』を
明日から富山市民プラザで開催します。
今年で18年目になります。
18歳といったらもう高校三年生ですよ。
1回目の展覧会に小学一年生で出品していた生徒が今は25歳。
時の経つのは恐ろしい…
ただ、当時の生徒達に会うと「前より若返ってる!ありえん!」って
言われる森大衛も恐ろしい![]()
その子に子供がいることも恐ろしい![]()
まあ、そんなことはどーでもいいんですがね![]()
今年は例年とは作品の配置を変えてみました。
特に意識したわけではないのですがとても春らしい空気が漂っています![]()
筆致に春が宿っている感じ。
ちなみにポストカードの作品は、
『おわらの四季』四連作の中の夏の歌なんですけどね![]()
会場では四作全部がご覧になれます。
この展覧会が終ったら、この『おわらの四季』は
柴田理恵さんのご実家の八尾町の旅館にお嫁に行きます。
というか、昨年嫁いだのをお借りして展示するので、
出戻っているというか…![]()
お近くの方はぜひ見にお越しください。
お近くでない方もお時間に余裕があればぜひ![]()
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
「先生の作品をみるとムカつく!」と言われる森大衛です。
「え?なんで?なんで?」と聞くと、
「自分には書けないことが分かるから」とのこと。
いえいえ、そんなことはございませんことよ。
さて、たまたまPCのデータを整理していて見つけました。

各文字の一部分をクローズアップした画像です。
筆致の豪快さが手に取るようにわかりますね。
こういうのを見ると「やってみたい!」って気持ちになりませんか?
なんか、勢いよくガーっとやれば出来そうな気がしないでもない?
ところがところが、勢いだけではこういうのはできないんですよ。
だからうちの生徒は「ムカつく」んでしょうね?
でも『臨書』(書の古典の模写修練)をみっちりやれば出来るようになるんです。
こんなにあからさまに豪快な古典はありませんが、古法(古典の法則)の中には、
膨大な筆法の秘技が隠されているんですよ。
それを発見して身に付けて、作品に昇華することが書の醍醐味の一つ。
古典の臨書をガッツリやれば出来るようになりますですよ、奥さん。
| 固定リンク | コメント (1) | トラックバック (0)

先日、大阪の方からご依頼いただいた作品『翔』が嫁いで行きました。
(サイズは全体でタテ80センチ×ヨコ140センチ)
額装の仕上がりを確認する時間がなく、指示を出した後、
表装屋さんから直接大阪へ発送してもらったので、
晴れ姿を見ることなく旅立ったのですが、
昨日、リビングに飾っていただいた写真が送られて来ました。
森大衛は、作品が人様のところに旅立つと、自分が書いたのに
自分で書いたような気がしなくなってしまうんですが、
客観視してもこの子はえらく美形に生まれたものだと思います。![]()
ちょっと自画自賛し過ぎですかね。![]()
素敵な家族に囲まれて末永く幸せに暮らしてくれることを切に願います。![]()
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)
本日は春分の日の休日ですが、まもなく出稽古に向かう森大衛です。
今日が月末に行なう「鵬翼会書展」に展示する作品の最終仕上げです。
さて、ほとんどが大字作品の森大衛ですが、実は「かな」も好きなんですよ。
特に「香紙切」のカミソリで切り込むようでゴムのように柔軟な線が好きで、
現在「かな」の勉強をしている生徒にも張り切って手本を書きまくっています!
「ねえ、Iさん!」

なので、例年は独立書展に出品した大字作品をDMに使用していたのですが、
今回は「おわら風の盆」の歌詞を書いた半切作品にしました。
厳密にはこの作品は「かな」作品ではありませんが、どことなく「香紙切」の
空気をはらんでいるように思いませんか?

ちなみに、細字の臨書、半切作品はそれぞれこの筆で書いています。
そして、「なるほど書道入門」では、親御さん向けに「かなの基本」の
手本も掲載していますよ。(どの巻だったか忘れてしまったけど
)


| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)

今年で18回目になる門下生との社中展「鵬翼会書展・つばさ子供習字2008」を
3月29日(土)30日(日)に富山市民プラザにて開催いたします。
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)
以前、「トリビアの泉」で“自動墨すり機がある”が、
82へえだったそうですが、墨すり機ってものは
僕が小学生の頃すでに高田寿華先生が使っていたし、
僕も20年前から使っています。
そして、これが最新鋭の墨すり機です。
【追記】
歌唱:YM(※YUMI MATSUTOYAではありません)
| 固定リンク | コメント (8) | トラックバック (0)
森大衛が所属する独立書人団は、昭和の三筆の一人といわれる手島右卿先生が
創設した団体で、その基本練習は主に濃墨で長鋒の羊毛筆を用います。
でも、実は森大衛と羊毛長鋒筆との出会いと、独立の書風は無関係でした。
というのは、小学生当時、書き初め用の筆がパサつくのが嫌で、
たまたま富山県民会館の展示場でやっていた「中国物産展」で買った羊毛筆が
しんなりと柔らかく手触りも気持ちよく、なおかつ普通の墨汁の濃さでは文字が
滲むのが嫌で、自発的に濃墨の墨汁を使うようになったのがきっかけです。
羊毛筆&濃墨で書く線は、中に空気を孕んだような美しい渇筆(かすれ)が出来、
それは墨が足りなくなって紙に擦り付けたかすれではなく、筆圧とスピードの絶妙な
加減で白が生まれます。
すると、当時習っていた高田寿華先生もそのまた先生だった鶴木大寿先生も
羊毛筆で濃墨を使って作品を書く人だと知り、その偶然に心が躍りました。
両者の先生は子供達には至って普通に整った教育書写を教えていたので。
それが↓この高校時代の「望山臨涛」や「画龍点睛」にも色濃く出ています。


(サイズ:双方ともヨコ55センチ×タテ180センチくらい)
当時は、手島右卿という書家も、独立書人団という団体も知らず、
高校に入ってからは高田先生も書塾を辞められて師事はしていなかったので、
鶴木先生の作風を真似ることだけが指針になっていました。
高校の書道の先生だった馬場雨川先生は、創玄書道会所属で近代詩文書を
書かれる人だったので、少し近代詩の表現も教わりましたが、展覧会に
応募する作品は鶴木先生の路線を貫いていました。
ただ、鶴木先生に師事していたわけではないし、変なプライドもあって、
鶴木先生の既存の作品と同じ語句を書くことは避けていましたけどね。
さて、その羊毛筆ですが、馬やイタチなどに比べ柔らか過ぎて初心者には
難儀な筆です。まして毛先が長いものはなおさら。さらに値段も高価。
しかし、そのしなやかさゆえに含んだ墨が紙に深く浸透するんですよ。
コシの強い馬やイタチの毛の方が紙に強く当たるのにあら不思議。
同じように書いた線でも羊毛で書いたものの方が艶やかで黒々としています。
紙を裏にすると一目瞭然です。また淡墨で書いた時は心の機微が紙に露になります。
と、書いたところで話が長くなったことに気が付いたので、この続きはいずれまた。
(※)ご質問にあった羊毛の原材料についてですが、
正確には<山羊>でございます。
羊でしたらモワモワで筆にはなりませんことよ。
もしかしたら遊び筆としてはあるのかも?しれませんが。
「じゃあなぜ羊毛と言うのかよ!」と聞かれれば、
昔からそう言われているので…としか申せません。(^^;
「なんで緑を青って言うんかい!」みたいなもん?
ちょっと違うかな?(^^;;;
| 固定リンク | コメント (5) | トラックバック (0)
福井県在住の大先輩の書道家土田帆山先生が他界されました。
画像は土田先生の作品「馬」です。
土田先生は、純朴で豪快な人柄で、
越前屋俵太さんの番組「達者でござる」で
俵太さんが土田先生のアトリエを訪問した際に
自身の大きな筆を渡し、それからずっと俵太さんはその筆を
背中に背負って各地を回っていました。
その後、書道家 俵越山というキャラクター?で活動されているらしいのですが、
そのモデルは、まさに土田帆山先生です。
土田先生は、僕がこの「心拳」で独立書人団の
会員に昇格した際の選考委員の一人でした。
展覧会場でお会いした瞬間「お〜、いい作品じゃったね」と
なまり口調で声をかけてくださったことを思い出します。
しばらくして、お礼の手紙をお送りしたところ、
「これは森君からの手紙じゃ」と、ずっと教場の先生の席の
後ろに飾られていると土田門下の先生から聞いています。
「あ〜、恥ずかしいじょ」(^_^;
(当時は真面目に筆でお礼状を書いていたんです(^^;)
土田先生のお弟子さんは富山にも何人もいらして、
土田先生のお弟子さんだった酒井春翠先生(故人)の
お弟子さんだった渡辺康雲くんは、今は僕の弟子になっています。
実はあまり意識してはいなかったのですが、
彼の書にはどことなく土田先生の素朴な香りがありますね。
卒寿展を控えていらしたので、このたびのご逝去は誠に残念でなりません。
でも、僕の中の土田帆山先生は、いつまでも達者でござる。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)


これは仲良しのちびっ子書道家
高橋卓也くん8才の作品『夢』。
邪気のないいい「夢」だね。
卓也くん自身が無邪気だからね。
オラも無邪気な42歳なんだけど…
なんて言ってしまうのがいかにも邪(よこしま)な森大衛。
なので、森大衛にこんなに邪気のない作品は書けません。
では、どうすればいいのか?
邪気だらけの君たちキーウイパパイヤマンゴーはどうすればいいのか?
それは積み重ねの上に積み重ねた技でいくしかない。
邪気を払い尽くすまで鍛錬しまくる。
無意識に表現できるまで書きまくりまくる。
中途半端がもっともいけない。
卓也くんも何十枚もイメージしながら書きまくって
「オラこれにする」って決めてますからね。
| 固定リンク | コメント (5) | トラックバック (0)
最近のコメント